「俊樹、チームで一番バントが上手いのはお前だよ」
高校3年の夏、監督からそう言われたとき、ぼくの心には複雑な感情が渦巻いていました。
嬉しい気持ちが半分。でも、もう半分には確かに「悔しさ」がありました。
野球をやっていれば誰だって思います。「目立つ打者になりたい」「チームを救う一打を放ちたい」。ぼくも例外じゃなかった。それなのに、自分に与えられた役割は「確実にバントで走者を次の塁に送ること」だったんです。
甲子園の舞台で刻んだ記録
その夏、ぼくは甲子園に出場しました。そして大会中に9つの犠打を決め、大会記録を樹立しました。
でも、正直に言います。当時のぼくは、その記録を「すごい」とは思えていませんでした。
犠打というのは、自分の打席を犠牲にして走者を進めるプレーです。バッターとしての「打った!」という達成感とは全然違う。むしろ、「また自分が消えるプレーをした」という感覚に近かった。
スタンドに帰ったとき、チームメイトは「ナイスバント!」と言ってくれる。でも内心では「ホームランを打った選手と、犠打を決めた選手、どちらが輝いているか」なんて考えていました。
引退後に気づいたこと
高校野球を終えて数年が経ち、ぼくはコーチとして少年野球に関わるようになりました。
子どもたちを教えていると、自然と自分の現役時代を振り返ることが多くなります。そして、あのとき感じていた「悔しさ」の正体が、少しずつわかってきました。
ぼくが本当に悔しかったのは「バントをさせられた」ことではなかった。
「自分の強みが何かを、自分でわかっていなかった」
これが本当の問題でした。
「バントが上手い」というのは、監督から見た評価です。でも当時のぼくは、それを「バント専門家という制限」として受け取っていた。「バントが得意=打てない選手」という思い込みがあったんです。
強みは「特技」じゃなくて「価値」
ぼくが関わってきた100人以上の少年野球選手の中に、こんな子がいました。
足が遅い。バッティングも並。でも、守備はチームで断然うまい。
その子のお父さんから相談されたことがあります。「うちの子は足も遅いし打てないし、野球向いてないんじゃないかと思う」と。
ぼくはこう答えました。「その子の守備は、チームの勝敗を変えますよ。足が遅くても、打てなくても、確実にアウトを取れる選手はチームに何人いますか?」
お父さんはしばらく考えて、「いないですね…」とつぶやきました。
それが「価値」です。
守備が得意なこと、バントが正確なこと、声がよく出ること——これらはすべて「チームに必要な価値」です。「目立つかどうか」とは別の話です。
甲子園の犠打9本が教えてくれたこと
あとになってわかったのですが、ぼくの犠打9本は単なる「記録」ではありませんでした。
チームが得点するために、何度もランナーを進めた。そのたびに、次のバッターが打ちやすい状況を作った。目立たないけれど、チームの勝利に確実に貢献していた。
それが「価値」だったんです。
ぼくは今でも、あの夏の自分に言いたいことがあります。
「お前のバントは、チームメイトの打席を生かしていたんだぞ」と。
自分の子に伝えてほしいこと
もしあなたのお子さんが「足が遅い」「打てない」「目立てない」と悩んでいるなら、ぜひ伝えてほしいことがあります。
「チームに必要な選手は、ホームランを打つ選手だけじゃない」
正確なバント、確実な守備、声でチームを引っ張る力——これはすべて、試合を動かす「力」です。
自分の強みを知ること。そしてその強みがチームのどこで生きるかを知ること。それが、野球だけじゃなく、社会に出てからも使える一番大切な力だとぼくは思っています。
甲子園の犠打9本の記録。当時は複雑な気持ちで受け取っていたその記録が、今のぼくにとって誇りに変わっています。
それが、野球が教えてくれた「本当に大切なこと」でした。
うえちコーチについて
元甲子園球児(犠打9・大会記録保持)/内野守備パーソナルコーチ・スポーツメンタルトレーナー/現役消防士・3児のパパ。100人以上の選手と向き合ってきた現場経験から「すぐに実践できて、今日から変わる1つ」をお届けします。